甘えがあって良いのでは?
教育場面、労働場面、対人場面、などあらゆるところで「甘えではないか」「甘やかしではないか」という言葉が聞かれることがあります。この厄介な「甘え問題」は私が臨床場面でとてもひっかかる言葉です。なぜなら背景に「甘えてはいけない」というメッセージがあるからです。私は「甘え」というのは決して悪いものではないと考えています。
甘えられるというのは「自分が本音を吐ける安心な場面がある」ということです。課題は、それを相手が受け取った時に、その言動が受け入れられるか、受け入れられないかを伝えていくことだと思います。受け手の環境において「ここまでは良いよ」、あるいは「今日はとことん良いよ」でも良いかもしれないですし、「明日なら良いよ」などが一つの工夫にはなると思います。
そして「甘えたくなる」には甘えたくなる背景があります。直接言葉では言えなくても「寂しい」「辛い」「不安」などです。状況にもよりますが、それに対処する方法を一緒に考えるのも一つだと思います。
「甘え」というものに対して厳しい目を向けるよりも、安全に心地よく「甘えられる」環境をどう作っていくのか、が話し合える場があると良いと思っています。